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○源頼朝「大天狗」書状小考(『日本歴史』691号)注14の一部をつぎの下線部のように改めます。 十二月三日になるとつぎのような伝聞が玉葉に現れますから、その前後の時期にこのような書状が書かれ、それが日付を失って、あるいは無視されて、ここに置かれた可能性も考えられます。(2)によって編者が大天狗書状を後白河への責任追及であると解し、その解釈に基づいて頼朝宛泰経書状を創作したことが知られている(三二ページ参照)ことを考えると、その編者が能保宛泰経書状をこのように虚構することは不自然です。むしろ能保宛泰経書状の存在を認めることにより大きな可能性があるかもしれません。 伝聞。泰経来七日可向関東。是非被搦召之儀。進而為陳謝行向云々。但是聞内儀遮而所首途歟。遂不可遁得之故也。 (龍福 義友) |
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