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help リーダーに追加 RSS 吾妻鏡の虚構一考補論──文治二年五月六日院宣の信憑性──

<<   作成日時 : 2008/01/07 13:08   >>

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 本稿の本論「吾妻鏡の虚構一考」での考察がもたらした重要な結果の一つとして、原形を伝える形で同書に引用されている文書に編者によって虚構されたものがある事実の指摘があります。それによってわれわれは、原資料そのままの引用の形をとる同書掲載文書のすべてに、編者による虚構の可能性を想定しなければならなくなったのです。
 そうなってきてさしあたって課題になるのは、すでに信憑性に疑念を持たれているものがその想定のもとでどうなるかを追究することです。本論では文治二年五月六日の院宣についてその疑念を表明しましたので、ここでそれをやや立ち入って考えてみることにします。

 まず引用された院宣の全文を、内容上の区分ごとに@、A、……の番号を付して、訓み下して掲げます。

@世上嗷々の事、定めて以て聞き及ばしめ給ふ歟。A閭巷の説御信受有るべからずと雖も、此くの如きの人口、先々空しからざる歟。B時政在京、旁(かたが)た穏便に思し食すに依り、他の武士に於ては縦ひ召し下すと雖も、彼の男に於ては洛中守護を勤仕するが宜しかるべきの由、度々仰せ遣はさるるの上、直(じき)に仰せ含められ畢んぬ。然而(しかれども)猶ほ以て下向するの間、此くの如き事等出で来ぬる歟。C義経・行家等洛中に在るの由風聞す。事若し実ならば、天譴已に至る歟。何ぞ尋ね出されざらん哉。或いは説ふ。叡山衆徒の中、同意の輩有りと云々。中々此くの如く披露せるは、若し実事為らば、朝家の為めに神妙の事歟。日来(ひごろ)所々に仰せらると雖も、聞し食し出す事無し。今に於ては、捜尋せらるるに其の便り有る歟。D但し証拠無き事を以て構へ出さば、適(たまた)ま残る所の天台仏法魔滅の因縁歟。E彼と云ひ是と云ひ、旁た歎き思し食す者也。此くの如き事出で来ぬれば、君の奉為(おんため)に由無き事のみ出で来るは、旁た驚き思し食す者也。F去月廿日の御消息、[使は侍為頼なり。]一昨日到来す。其の便りに付し、此の旨を仰せ遣すと雖も、且つうは懈怠の疑ひ有り、且つうは不審を散ぜんが為め、重ねて仰せらるる所也者(てへり)。G院宣此くの如し。仍て執啓件の如し。
H   五月六日                    経房 
謹上 源二位殿
(文治二年五月十三日条)

 本論ではこの院宣について、「義経らの動静についての風聞を具体的に述べた後半部分は……院宣の原形を保っていると考えられ」るとしつつ、「前半の時政についての記載をそのまま認めてよいかの問題があ」ると述べ、疑念がもっぱら上掲引用のBの部分にかかり、それが院宣原文にその形で含まれていたか否かを問うものであることを示唆しましたが、疑念の具体的内容には触れませんでした。それはおよそつぎの三点に整理することができます。
(一)記述の一貫性
 AとBとは文意がつながりません。Aは、@が世上に風説が乱れ飛んでいる情況を指摘したのを承けて、そのような風説は安易に信じてはならないものではあるが、その発生の核心には相応の根拠となる事実のあることが多く、それに対応する措置をゆるがせにしてはならないのだ、と言っているのであり、つぎに現に今ある風説についてもそのことが成り立つことが述べられることを予想させるのですが、Bはその予想をはぐらかすように、@・Aには明示的な言及のない治安悪化を暗黙の前提としてその原因を論じています。「世上嗷々の事」は世情の不穏・治安の劣悪を意味することもありますが、ここではそうではなく、Cと呼応して、流布している風説そのものを指示していますので、Bは本来ならAの例証として個々の風説の内容に即して根拠として考えられる事実を指摘し要求される対応措置を述べなければならないのであり、それを、そのことを述べずに見当違いの治安対策にかかわる問題提起をしているのです。文脈の混乱は覆うべくもなく、それは端的にBの結語「此くの如き事等出で来ぬる歟」の「此くの如き事等」が何を承けるかの問題としてあらわれます。それが「世上嗷々の事」を指すのはもちろんですが、それをこの院宣全体の文脈に即して「義経・行家等洛中に在」り、あるいは「叡山衆徒の中、同意の輩有り」の風説の存在だととると、それを一箇月余を隔てるだけの時政の退京の結果としなければならない不合理に陥ります。Bとの関連でだけは他の部分との関連での場合と異り「世上嗷々の事」を治安の悪化という抽象的で漠然とした意味に取らなければならなくなる(編者が院宣のこの表現をそのように理解したのであろうことは、直後の十五日条に「典厩被申云。可鎮世上嗷々之由。去七日蒙院宣云々」と、あきらかに世情不穏の意味で「世上嗷々」の語があらわれることから推測されます)のですが、そのような解釈は不可能です。しかもその問題提起もその解決策へと進むこともなく言放しにおわって、Cで現下の風説によるAの展開へと戻り、まさにAで述べられたとおりに対応措置の有効性が期待されると強調され、暗にその実施が要請されています。以下Gの結語までの記述はきわめて緊密で自然なものです。したがってこの院宣は全体としては留意を要する風説の発生とそれへの適切な対応の必要とを無駄のない引き締まった文体で明晰に筋道を立てて述べているのであり、Bだけがその調和を乱す混乱要因なのです。Bはその置かれた位置によってAとCとの文意の照応をわかりにくくしているばかりか内容的にこの院宣に含まれなければならぬ必然性も持っていません。それはこの院宣の全体としての脈絡とは無関係に「世上嗷々の事」を治安情勢一般の問題と解して無理に時政に結びつけたところに生れるもので、そのようなものを院宣原文が含むことはあり得ません。
(二)情況との整合性
 (一)で述べたように、この院宣の主旨は対応を要する風説の存在を述べようとするところにあって、しかも本論によってその風説への言及は(吾妻鏡四月二十日条の記述にもかかわらず)頼朝・後白河間ではこの院宣でのそれがはじめてであることが知られています(本論二参照)から、それはまさに義経追捕にかかわる最新情報を伝えようとする、きわめて緊急度の高いものだったのであり、それが朝廷側に意識されていたことも院宣の末尾に記された使者発遣の情況からあきらかで、この院宣について経房が「夜を以て日に継ぎ進(まい)らすべきの旨」使者に命じたという吾妻鏡地の文の記述は、そのかぎりで事態の性格をよく反映していたのです。Bを除いた部分の文体が緊密で無駄のない緊迫感のあるものであるのも院宣のおかれたこの情況によく調和しています。そうだとすれば、その院宣に、その情況を処理する上に何のかかわりもなくまた何の積極的な効果をも生まぬBのような閑文字が書き込まれることは、あるはずがありません。
(三)内容の妥当性
 (二)で述べたとおり、Bは院宣が発せられる契機になった事態の解決にまったく無関係な繰言で、それだけでも公文書には不適切な文言ですが、その意味するところが一方では頼朝の人事に対する不当な容喙であり、他方では、時政以外の頼朝の部将に対する根拠のない誹謗であることは、政治的にいちじるしく不穏当です。いかに後白河に帝王らしからぬ言動が少くないと言っても、ここまで妥当性を欠く発言を公式にするとは考えられません。ましてBを除くこの院宣の文面自体が、「何ぞ尋ね出されざらん哉」、「捜尋せらるるに其の便り有る歟」と頼朝の行動を暗に要請し、かつ「但し証拠無き事を以て構へ出さば、適ま残る所の天台仏法魔滅の因縁歟」と危懼することでそこでの慎重さを懇請する気分をにじませながら、いずれにも直接的な表現を与えず、頼朝の自発的な判断に委ねる抑制的な姿勢で貫かれていることを思えばなおさらのことです。

 以上は、いずれも吾妻鏡の載せる文治二年五月六日の院宣の一節Bがその原文にはなかったものであることを示しています。吾妻鏡に北条氏のための曲筆が見られるという八代国治氏以来の指摘が信じることができるものとしてあることに加え、本論で述べたように時政顕彰を意図する文書の捏造さえもが存在することがあきらかである以上、時政の行政手腕に対する後白河の手放しの賞賛を印象付けるBが同じ意図の下に編者によって創作され挿入されたものであることはもはや疑えないでしょう。それが付加されて変形されたことになるものが院宣という、編者によって最高度の尊重を受けている文書であることに驚くばかりです。吾妻鏡をあるいは史料として用い、あるいはその編纂態度を考えるに当って、無視することのできない事実だと考えます。

                                                     |        (龍福 義友)



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吾妻鏡の研究が進んでほしいです
長田ドーム
2008/01/07 13:11

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